ご挨拶

平素からお気引き立ていただきありがとうございます。
お陰様で、2018年6月1日に創業20年を迎えることが出来ました。
20年は赤ちゃんが成人になるように、長いようであっという間の時間でした。


思い起こせば、1998年6月に「コンベックスピクチャーズ」として、ソフトウェア・システム開発とコンピューターグラフィックス(映像)の受託事業を柱として1人で起業しました。
広島市中心部に事務所を借り、ほぼゼロからの開拓で営業周りから始めましたが、1年間ほぼ仕事はありませんでした。
「ここまでか・・・」と諦めかけた時に鳴った一本の電話を切っ掛けに徐々に仕事がいただけるようになったのは今でも忘れません。


その後、まずは人材と考え、積極的に新卒採用して教育を行ってきました。
インターネット黎明期だった恩恵もあり、早めに取り組んだ自社ホームページが営業ツールとして大手企業との仕事に繋げてくれましたが、却って営業人材に消極的になっていたことは今思う反省すべき点です。


そして今日に至るまで、大きな転機は2度ありました。


社内体制も整いはじめ、自社サービスとして、アプリケーションソフト開発や先端技術サービスの企画開発運営にも取り組んでいました。
何度も新聞や経済誌に取り上げていただき、順調な滑り出しかのようでしたが、ここまで積み重ねた負担がが大きく響き、2002年に倒産の危機を迎えます。
まず1番に考えなければならなかったのは社員の転職先でした。
相談した会社側の条件として、私も一緒に入社するという事でしたので、こちらも条件も伝えた上で引き受けていただき、社員、取引先への負担を最小限に抑えることができたのは幸いでした。
私は当社は残したままその会社の社員として単身東京に乗り込んでいきましたが、当初伝えた条件が破綻したため、私は元社員を置いて離脱することになります。
そのまま1人東京で2004年に再出発し現在に至ります。
当初から二刀流でしたが、出来ないなら出来るように学んでいく姿勢を貫いた結果、企画提案から、設計、開発・制作が行えるようになっていました。
そのため、側から見れば「何でも屋」のレッテルを貼られ、営業面では苦労が続いたことは忘れません。
いまや"フルスタック"という便利な言葉が現れ、ようやく時代が追いついてきてくれました。


もう一つの転機は2011年の東日本大震災でした。
この頃はツールも情報も進化し、技術だけでは生き残れなくなると考え、新規事業として"新しい飲食業態"を計画し、魚・調理の資格を取得して準備をしていました。
そんな矢先の大震災で経済が止まり、仕事がゼロに近い状態が続きました。グラフでいうと垂直に落ち、計画は全て中止せざるを得なくなりました。
これがコンテンツ志向に本腰をいれる切っ掛けとなります。
しかし、専門のコンサルタントを交えて自社の服飾ブランドの企画開発も行いましたが、製造業者に恵まれず、機を待つためペンディング。
その後も、世にない新しいツールを発案し特許を取得。キャラクター事業も開始。独自のカリキュラムで講義やセミナーなど教育分野にも進出してきましたが、これらはすぐに利益に結びつくものではありませんでした。
焦るばかりの毎日が続き、手伝っていただいた方々にご迷惑をかけてしまうこともあったようです。


こうした20年間を振り返れば、七顚八起、刻苦勉励の20年間として、価値のある経験を得られたのではないかと考えます。
これから先は"成人"として、"PRICELESS"な体験をご提供できるよう精進していく所存です。


まずは社会貢献の一環として、定期的に無料の「プログラミングGYM」を開催しています。
これまで培ってきたノウハウがお役に立てればと考えています。
「何でも屋」ならではのJAZZのような即興の講義が特徴で、その日の参加者のみなさんの声を聞きながら進めていきます。
考える力を養いながら、プログラミング、開発、制作全般まで幅広く、Welcome失敗のスタンツで行なっております。


https://bokotar-trastero.peatix.com/


"失敗"は学びの宝庫です。
これからも"宝"を探しにチャレンジし続けます。




代表取締役 窪田治生




会社ロゴマークについて

CONVEXの「C」をかたどった、渦、螺旋などをイメージした形は、主に次のような想いや意味を持たせています。

質的に異なったものが接触するとき、必ず渦が形成されるといいます。
その渦の回転運動は、循環、そして永遠を意味し、あらゆる運動に変換できる意。 また、自然物の多くに螺旋形状は見られ、自然の神秘的なパワーを秘めた自然体でありたい。